ChatGPTに顧問先の氏名や決算数値をそのまま入力する使い方は、守秘義務違反を問われる可能性があります。逆に、何を入力するかを先に決めてしまえば、士業事務所でもAIは問題なく使えます。
この記事は、顧問先の情報を扱いながらAIの導入を検討している税理士・社労士・行政書士の事務所向けです。
結論:問題になるのは「AIを使うこと」ではなく「何を入力するか」
AIの利用そのものを禁じる法令はありません。守秘義務との関係で問題になるのは、顧問先から預かった情報を外部のサービスへ送信する行為のほうです。
したがって判断は「AIを使うか使わないか」ではなく、「どの情報を、どのサービスに、どう加工して渡すか」に分解できます。この3つを事務所として決めておけば、日々の判断で迷うことはなくなります。
| 判断が必要なこと | 決め方 |
|---|---|
| どの情報を渡すか | 顧問先が特定できる情報は渡さない。氏名・法人名・住所・マイナンバー・具体的な金額 |
| どのサービスを使うか | 事務所として1つに決める。個人アカウントの使用を認めない |
| どう加工するか | 実データを渡すのではなく、雛形を作らせて実データは手元で差し込む |
先に結論を言えば、もっとも安全で、しかも実務で効果が大きいのは3つ目です。 顧問先の情報を渡さないまま、作業時間だけを減らせます。
士業の守秘義務は、AIを使うと何が問題になるのですか?
税理士法第38条、社会保険労務士法第21条は、業務上知り得た秘密を漏らしてはならないと定めています。違反には罰則もあります。ここでいう「漏らす」は、第三者に公表することだけを指すわけではありません。
AIの利用で論点になるのは、次の点です。
生成AIサービスに文章を入力すると、その文章は自分のパソコンの中で処理されるのではなく、サービス提供事業者のサーバーへ送信されます。つまり入力した時点で、顧問先の情報を外部の事業者に渡したことになります。「AIが情報を覚えてしまうかどうか」は論点の一部にすぎず、送信そのものをどう扱うかが先にあります。
個人情報保護法の観点でも、外部サービスに個人データを取り扱わせる場合は、委託先を監督する義務が生じます。事務所が把握していないサービスを職員が個人の判断で使っている状態は、この監督ができていない状態にあたります。
もっとも起こりやすい事故は、高度な情報漏えいではありません。 職員が個人のスマートフォンで無料のAIアプリを開き、顧問先からのメール本文をそのまま貼り付けて「これ、どう返信すればいい?」と尋ねる、という使い方です。悪意はなく、便利だから起きます。だからこそ、禁止だけでは止まりません。
学習に使わせない設定をすれば安全ですか?
設定は有効ですが、それだけでは足りません。理由は3つあります。
第一に、その設定が制御しているのは「入力内容をAIの改善に使うかどうか」であって、送信すること自体は止まりません。外部の事業者に情報を渡している事実は変わらないため、委託先の監督という論点は残ります。
第二に、無料版と法人向けプランでは扱いが異なります。法人向けや業務用のプランでは、入力内容を学習に使わないことが規約上定められているのが一般的です。一方、個人向けの無料プランは設定を自分で変更する必要があり、職員全員が正しく設定している保証はありません。
第三に、規約も設定項目も変わります。導入時に確認して終わりではなく、契約しているプランの条件を定期的に見直す必要があります。
| 設定で防げること | 設定では防げないこと |
|---|---|
| 入力内容がAIの学習に使われること | 外部サーバーへ情報が送信されること |
| 他の利用者の回答に自社の情報が現れること | 職員が個人アカウントを使うこと |
| — | 顧問先への説明責任 |
つまり設定は前提条件であって、対策の本体ではありません。本体は次の線引きです。
入力してよい情報と、してはいけない情報の線引きは?
事務所として1枚の紙にまとめられる粒度まで落とします。判断に迷ったら入力しない、という原則を添えておくと機能します。
| 区分 | 具体例 | 扱い |
|---|---|---|
| そのまま入力してよい | 法令・通達の一般的な解釈、業界の一般論、公開されている制度の説明、自分で書いた文章の推敲 | 可 |
| 加工すれば入力してよい | 相談内容の類型、業種と規模だけを示した状況、金額を丸めた試算 | 固有名詞を外す |
| 入力してはいけない | 氏名・法人名・住所・連絡先、マイナンバー、決算書や給与データそのもの、顧問先から受け取ったメールや資料の原文 | 不可 |
境界線が引きにくいのは真ん中の区分です。「従業員30名の建設会社で、残業代の計算方法について相談を受けている」という程度であれば、顧問先を特定できないため加工済みといえます。しかし「世田谷区の従業員32名の内装工事会社」まで書くと、業界内では特定できてしまう可能性があります。地域・業種・規模の3つが揃うと特定に近づく、と覚えておくと判断しやすくなります。
情報を加工して使うとは、具体的にどうするのですか?
実務でもっとも使えるのは、実データを渡さずに「型」だけを作らせるやり方です。
たとえば顧問先へ送る説明文であれば、次のように進めます。
- AIには「建設業の顧問先に、社会保険の算定基礎届の提出時期と必要資料を説明する文章の雛形を作ってほしい」と依頼する
- 出てきた雛形の空欄部分に、顧問先名や日付を自分で差し込む
- 内容が正しいかを自分で確認して送る
この手順であれば、顧問先の情報は一度も外部へ出ていません。それでいて、文章をゼロから書く時間はなくなります。定型的な案内文が多い事務所ほど効果が出ます。
数値を扱う場合も同じ考え方です。実際の決算数値を入力して分析させるのではなく、「この指標をどう読むか」「顧問先にどう説明すると伝わるか」という一般的な問いに変換します。計算は手元の会計ソフトで行い、AIには説明の言葉づくりを任せます。
固有名詞の置き換え(A社・甲)も有効ですが、置き換え漏れが起きます。置き換えるより、そもそも渡さない設計にするほうが安全です。
事務所として何から決めればよいですか?
順番があります。ツールを選ぶところから始めると、たいてい定着しません。
- 業務を1つに絞る — 顧問先への定型連絡文、議事録の要約、記事や案内文の下書きなど、失敗しても損害が出ない業務から始めます
- 使うサービスを1つに決める — 事務所として契約し、個人アカウントの業務利用は認めません。複数を併用すると管理が不可能になります
- 入力してよい情報の線引きを紙1枚にする — 前章の表をそのまま事務所用に書き換えます。研修より1枚の紙のほうが守られます
- 顧問契約・秘密保持契約を確認する — 情報の取り扱いについて顧問先と交わしている条件を読み返し、必要なら説明のうえで同意を得ます
3か月ほど1つの業務で回してから、次の業務へ広げます。最初から事務所全体に展開すると、線引きが曖昧なまま利用だけが広がり、後から止められなくなります。
事例:外部に相談する場合、最初に何を確認するのか
iroha がAI導入の相談を受けるとき、ツールの話より先に確認するのは次の3点です。
- いま職員が個人の判断でAIを使っている業務はあるか(ほとんどの場合あります)
- 顧問先と交わしている契約で、情報の取り扱いをどう定めているか
- 減らしたい作業が「判断」なのか「文章づくり」なのか
3点目が重要です。AIに任せて効果が出るのは文章づくりのほうで、判断を任せると確認の手間が増えて逆に遅くなります。士業の仕事は判断が価値の中心にあるため、任せる範囲を文章づくりに限定したほうが、結果的に時間が浮きます。
なお iroha は、山梨の工務店のサイトを「山梨 工務店」で3ヶ月以内に検索1ページ目へ、下北沢のエステ店を新規ドメインで1ヶ月以内に1ページ目へ上げた実績があります。士業事務所での支援については、業務の性質上、公開できる事例の形が異なります。個別にご相談ください。
よくある質問
Q. 無料版のChatGPTを業務で使ってはいけませんか?
A. 一律に禁止する必要はありませんが、顧問先の情報を扱う業務には向きません。無料版は入力内容の取り扱いを利用者自身が設定する必要があり、職員全員が正しく設定している状態を事務所として保証できないためです。業務で使うのであれば、法人向けのプランを事務所として契約し、利用するアカウントを管理下に置いてください。
Q. 顧問先の同意を得れば、決算書をそのまま入力してよいですか?
A. 同意があれば守秘義務の問題は整理できますが、実務としては勧めません。同意を取り付ける手間に対して得られるものが小さく、外部サービスの規約変更のたびに説明が必要になるためです。前章のとおり、雛形を作らせて実データは手元で差し込む方法であれば、同意を取らずに同じ成果が得られます。
Q. 事務所でAIの利用を全面禁止するのは有効ですか?
A. 短期的には有効ですが、長続きしません。禁止しても職員は個人のスマートフォンで使い、事務所からは見えなくなるためです。見えない利用がもっとも危険なので、使ってよい範囲を決めて表に出すほうが、結果として情報は守られます。
まとめ
守秘義務とAIの関係は、「使ってよいか」ではなく「何を渡すか」の問題です。顧問先が特定できる情報を渡さず、雛形づくりに用途を限定すれば、法令上の論点はほとんど生じません。
事務所として決めるのは、使うサービスを1つにすること、入力してよい情報を紙1枚にすること、そして最初に取り組む業務を1つに絞ることの3つです。
線引きの判断や、どの業務から始めるべきかを自社だけで決めるのが難しい場合は、現在の業務の流れを伺ったうえで、順番をご提案しています。お問い合わせからご相談ください。